東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1535号 判決 1956年3月31日
事実
控訴人(岩崎ケイ)は、被控訴人(信越鋳物工業株式会社)のため、株式会社第四銀行その他に合計金三十万円の債務を立替弁済し、被控訴会社に対して同額の債権を有していたところ、被控訴会社は控訴人の夫岩崎勇に対し被控訴会社の債務弁済のため、振出人名義が被控訴会社及び被控訴人(小島大治郎)連署の白地手形三通を交付して金策を依頼したが、岩崎勇はその目的を達することができなかつたので控訴人の右債務弁済のため、右手形一通に、金額、満期日、支払地、振出日、受取人控訴人の氏名を補充して控訴人に交付したものである。而して岩崎勇は被控訴会社の専務取締役として経理及び金融を担当し、金策のため手形振出をなし白地手形の補充権限をも有していたものであるから、控訴人は被控訴人等に対し岩崎勇の補充に係る本件手形につきこれが請求権を有するものであると述べ、被控訴人は、岩崎勇が本件手形につき手形事項補充の権限を有していたことは否認すると述べた。
理由
被控訴人小島大治郎は被控訴会社の経理事務を担当していた岩崎勇と同会社の債務の処理につき協議した結果、岩崎勇に対し同会社の債務中二十七万二千円の債務を岩崎勇において適宜処理することを依頼し、同時にその資金調達の用に供せしめる目的で、被控訴会社及び被控訴人小島大治郎の共同振出名義の連署捺印だけなされた白地の本件約束手形外二通の約束手形を交付し、これにより金融を受けえた場合に右各手形につき受取人その他欠缺した要件を補充することを委託したことを認めることができる。而して控訴人の財産が岩崎勇を通じて被控訴会社運営のための資金に供されたことはこれを認めうるけれども、これ等の事実によつては直に上記の白地権限の内容に関する認定を左右するに足らないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。従つて以上の事実によれば岩崎勇の本件手形の白地補充は小島大治郎の委託の趣旨に反してなされたものと認めるのが相当である。また当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人は岩崎勇が金策の目的を以て、小島大治郎から本件手形の交付を受けたものであることを知つていたことが窺いえられるから、これによれば控訴人は本件手形を取得するに当り前記白地の補充が被控訴人の意思に反することを知つていたか、または知らなかつたとしてもそれにつき重大な過失があつたものと認めるのが相当である。しからば被控訴人等に対し本件手形金の支払を求める控訴人の本件請求は失当たるを免れないからこれと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないとしてこれを棄却した。